三思一言2019.08.16

「洛外社寺絵巻」観覧記

「京都学・歴彩館のお宝」展 2019年7月11日~9月10日

◆洛外だけの名所絵巻

 2019夏、猛暑の京都で、ICOM京都大会記念特別展が開かれています。京都府立京都学・歴彩館では、「お宝」とよぶべき古文書・行政文書、絵図・絵巻、経典・典籍などの高名な資料、近年新収の「都百景」、2018年指定の重要文化財「京都盲唖院関係資料」など多彩な内容が展覧されていて、「さすが」と、暑さも忘れて観覧させていただきました。

 そのなかに、いままで見たことのない「洛外社寺絵巻」と題された絵巻があり、渡月橋のすぐ下流の筏流しや材木町が描かれた場面が展覧されていました。桂川の材木場の風景は、江戸時代中期の「洛中洛外図屏風」にも描かれる人気の場面です。

 キャプションを読むと「宇治郡の黄檗から始まり(巻頭の平等院あたりは欠失)、紀伊郡、愛宕郡、葛野郡、乙訓郡の離宮八幡宮まで、京都の郊外を詳細に表した絵巻で、江戸時代中期の寛延元年(1748)に松室筑前が描いた墨書きの下絵です。・・・」とあります。洛外が網羅的に描かれている「絵巻」となれば断然興味がわき、担当の方にお尋ねしたところ、なんと!「京の記憶アーカイブ」で、全画面のカラー写真が公開されていたのです。

 この絵巻は人物を全く描かず、描画の対象とする範囲が洛外だけという点で、17世紀中頃に成立した「洛外図屏風」(絵地図屏風)と共通しています。しかし絵巻と屏風では画面の形や展開の仕方が違いますので、当然ながら構図はそれぞれの特性に応じて工夫が凝らされ、絵巻の方が名所絵としての趣向が卓越します。しかし「洛外社寺絵巻」と「洛外図屏風」の双方をくらべるなかで、制作目的や制作者の違い、時代によって変化する景観や名所観、表現の多様性や受容者の嗜好など、さまざまなことを想いめぐらすことができるのです。

 それはさておき、まずはともかく全体を見ましょう。絵巻は36.0×1369cmの長大なもので、京の記憶アーカイブに掲載されている写真を前編・後編に分け、スライドショーに編集してYouTubeに投稿しました。前編・後編は、「洛外図屏風」の右隻と左隻の境(賀茂川をはさんだ上賀茂と西賀茂)のあたりで分けてみました。「洛外社寺絵巻」の貼札は赤と白の2種類があり、色分けがこのあたりで変わるので、その意味を考えるのにもよいかなと思っています。写真の順番も「洛外図屏風」の第1扇~第8扇の順に編集してみました。この成否はともかく、宇治から東山~北山~西山~大山崎まで、興味のある方は洛外巡りをぐるりとお楽しみください。

YouTube「洛外社寺絵巻」観覧記 前編<宇治~上賀茂>  YouTube「洛外図社寺絵巻」観覧記 後編<西賀茂~大山崎>

 

◆住吉具慶の「洛中洛外図巻」

 洛中洛外の屏風と絵巻の両方を作った絵師として、住吉具慶が有名です。住吉具慶(1631-1705)は、将軍綱吉の御用絵師として江戸で活躍し、歌絵・物語絵・花鳥画・年中行事絵・社寺縁起など、精細でかつ美しい作品が数多く残っており、その作品研究がさかんに取り組まれています。

 東京国立博物館の名品ギャラリーに、この住吉具慶筆の「洛中洛外図巻」(絹本着色)と題された絵巻が掲載されています。前半に春夏の市中を、後半に秋冬の郊外の農村を、細密な筆致で描いたもの(40.9×1368.0cm)で、ここでは宮中の古今伝授の場面と、冠木門のある農村風景を掲載してみました。もちろん、洛外だけを地理的連続のもとに描いた「洛外社寺絵巻」と性格は異なります。しかし江戸中期に、洛中洛外を画題とした屏風や絵巻の制作がさかんに行われ、雅で賑やかな都市とともに、洛外の風景に対して強い関心が寄せられていたことが理解できるのです。

 展覧会の開催やインターネットへのデジタル画像の掲載は、博物館や御担当の高い見識と、費用・手間のかかる大変な仕事です。このたびも「学術や文化を誰でもが公平に享受できるよう」にというICOMの精神を思い、ありがたく利用させていただきました。

 

ー参考文献ー

・京都府立京都学・歴彩館「京の記憶アーカイブ」

・東京国立博物館「名品ギャラリー」

・大塚活美「住吉具慶本洛中洛外図作品群の描写内容と特徴ー江戸時代中期の洛中洛外図屏風の研究ー」『佛教大学大学院紀要』文学研究編第42号 2014年



「洛中洛外図巻」古今伝授

東京国立博物館名品ギャラリーより合成

「洛中洛外図巻」農村風景

東京国立博物館名品ギャラリーより合成