三思一言◆ つれづれに長岡天満宮(23) 2019.06.06                

八条ヶ池の錦水亭

◆池畔の茶屋から長岡公園の錦水亭へ

 錦水亭は明治14年(1881)開業の料亭で、はじめは鮒林とよばれていました。江戸時代中期ごろより営まれるようになった桟敷状の茶屋に始まり、創業のころには池座敷が建ちならぶ現在のような景観となりました。しかし当初はこの6棟のほかに、中堤の左右にも幾つかの池座敷やあずまやが点在していました。小島政次郎((1870-1950))の写真(ガラス乾板)は、それがはっきりとわかる貴重な1枚です。八条ヶ池の西、中堤を渡った岸辺に数寄屋風の建物がまとまってあり、キリシマツツジと太鼓橋、小舟と水面の影を配して、風情ある趣を表現しています。

 大正終わりから昭和初めの風景は、長岡公園の絵葉書から伺うことができます。①は出島の掛け茶屋のむこうに池座敷がみえ、スタンプは「明治十四年開業永続 御料理長岡錦水亭」の文字と梅・楓がデザインされています。②は定番の小舟を添えた構図で、「長岡公園八条ヶ池遊覧」のキャプションと「長岡天満宮」のスタンプがあります。③~⑧の6枚は、「長岡公園風景絵葉書・長岡公園錦水亭発行」の封筒に一緒になっていたものです。また同じような構図の絵葉書として、長岡天満宮に保存されている一群と京都文化博物館管理の1セット(長岡天満宮社務所発行の封筒入り)があることがわかっています。

◆「京都屈指」の近代和風建築

 錦水亭の建物は、八条ヶ池に面した池座敷6棟、奥の放生池に面した池座敷2棟、その奥の本館からなります。八条ヶ池の池座敷6棟は少しづつ向きを変え、左から入母屋造・桟瓦葺き、入母屋造・茅葺き、入母屋造・杮葺き、寄棟造・杮葺き、入母屋造・茅葺き、入母屋造・桟瓦葺きと変化に富みつつ、障子の白と腰壁の赤で一体となり、とてもお洒落な雰囲気が水面に映えます。奥の本館は大正15年上棟で、入母屋造の妻を正面に向ける東西棟が並び、外壁の赤壁が印象的な建物です(1階:小座敷5室と料理場、2階:大広間と小座敷5室)。明治から中堤の左右にあった池堤やあずまやの機能は、この本館に収斂されていったものと思われます。

 京都府近代和風建築調査を担当された清水重敦先生は、京都数寄屋の究極の姿をみせる池座敷と、特徴ある造形をもつ本館が分散されておりなす景観を、「京都屈指のものであり、京都近代和風建築の代表例の一つ」と評価されました。

 八条ヶ池のキリシマツツジと錦水亭のコラボは、江戸時代(八条宮~桂宮の別荘×天満宮)と、近現代(都市公園×天満宮)が融合してつくられた、ここだけ!の特別な景観です。これからもその歴史の重みに思いを馳せ、誇りをもって四季折々の風光を愛でたいものです。

 

YouTube八条ヶ池・錦水亭の四季 へリンク     YouTube2019名月祭 長岡天満宮&錦水亭へリンク

 

-参考文献ー

・『京都府の近代和風建築-京都府近代和風建築総合調査報告書-』京都府教育委員会 2009年

 


八条ヶ池(明治末~大正) 撮影:小嶋政次郎 向日市文化資料館『20世紀のむこうまち』2002年より


①長岡公園 絵葉書 長岡天満宮蔵

画像提供:長岡京市教育委員会

②長岡公園八条ヶ池遊覧Pond in Nagaoka Park 長岡天満宮蔵

画像提供:長岡京市教育委員会


長岡公園風景絵葉書 長岡公園錦水亭発行

The View of Nagaoka,park  ③~⑧封筒一括。

向日市文化資料館蔵(昭和新聞資料) 

②はNagaoka,park。⑧は通信欄の印刷が異なる。 

 


➃長岡天満宮境内楓トンネル

➄長岡天満宮八条ヶ池風景


⑥(長岡公園)八条ヶ池流れ松

➆(長岡公園)八条ヶ池畔西部風景

⑧(長岡公園)八条ヶ池及錦水亭風景


明治41年(1908)発行『京都府写真帖』 京都府立京都学・歴彩館蔵

京の記憶アーカイブより

人力車が行き交う明治の雰囲気を伝える貴重な1枚