三思一言竹アラカルト⑶ 2021.05.21

上ヶ竹検地と竹奉行-総構と土居藪-

 ◆竹の都

 16世紀初めにつくられた、現存最古の「洛中洛外図屏風」(歴博甲本)をみましょう。国立歴史民俗博物館のwebギャラリーで高精細な画像や解説図が掲載されており、詳しく見たい方はぜひご覧ください。ここに掲げた場面は右隻第3扇・4扇で、画面上部に鴨川が流れ、中央に烏丸通りが走り、左端に内裏があるという、京都のど真ん中です。都の賑わいに目を奪われてしまいますが、ここにでは竹の描写に注目。狭間のある土塀の内側や堀で囲まれた屋敷の周り等に、連続した竹藪が見られます。古くから政治・経済・文化の中心地であった京都では、竹は他の地域にはない独特の価値を有し、人為的に栽培されていたのです。

 戦国時代の公卿で禁裏の財政責任者であった山科言継は、その日記のなかで竹公事のことを記しており(『言継卿記』、以下ここで紹介する史料はpdfにして掲載)、大原に一定の「内蔵尞竹供御人」がいたことがわかります。彼らは鑑札を与えられて竹公事座の活動を行っていたことや、余剰の竹を売買していたことも記されています。それをふまえて「洛中洛外図」の各本を改めて見ると、竹を担いで売り歩く商人や、割竹を使って屋根を葺く大工の姿が生き生きと描かれていて、大都市・京都にとって竹が大切な有用材であったことが一目瞭然です。

◆秀吉の上ヶ竹検地

 竹が京都にとっていかに重要なものであったかは、秀吉の竹藪検地が如実に示しています。天正14年(1586)12月9日、吉田神社神主・兼見のもとに、関白秀吉の竹奉行河原長右衛門(定勝)ら一行が、突然にやってきました。この間竹藪検地があったばかりで、「またか」と兼見は驚きますが、「厳重之御朱印」を見せて免除を求めます。そこへやってきたのが、親友の細川幽斎。幽斎はこの時の奉行の一人と昵懇であったので、なんとかその場を切り抜けました。幽斎は翌日に領地の西岡勝龍寺に向かい、そのまま丹後へ下国するといいます(『兼見卿記』)。藪検地は洛中洛外の寺社だけではなく、町や村の在所すべてが対象となりましたので(『大中院文書』)、この対応にあたったのでしょうか。『兼見卿記』を読み進めると、翌年から天正18年にかけて二重の堀や「藪垣」の普請が行われていますし、兼見の弟・梵瞬の日記にも度々藪垣普請のことが出てきますので(『舜旧記』)、境内や在所の藪の管理が続けられていたことが具体的にわかります。

 上ヶ竹検地や担当の竹奉行にどのように対応したのか窺える史料として、史料集(pdf)には相国寺の例もあげておきました(『鹿苑日録』)。また大部なので活字として掲載できませんでしたが、『南禅寺文書』の「南禅寺常住帳箱入日記」も好事例です。これは帳箱の引き出し毎に書き上げた重要書類の目録で、その中に「河原長右衛門竹請取」・「河帳右(河原長右衛門定勝)竹水帳」・「竹御用捨之時、徳善院(前田玄以)御折紙一通、付松田勝右(松田政行)触折帋一通」等の記載が所々にみえます。前田玄以は京都所司代、松田政行はその重臣、河原定勝は竹奉行です。特に慶長3年の前田玄以発給「上ヶ竹赦免状」は、後々まで大切にされたようで、京都の寺社にたくさん残っています。

◆惣構と竹藪

 秀吉時代の竹の問題を考えるうえで、「御土居」は必須です。この洛中を取り囲む惣構(そうかまえ)には、天正19年の築造当初から竹が植えられており、「御土居藪」とよばれます。「土居藪」は、洛外の寺社・有力土豪の居館・百姓の屋敷を囲む惣構にもあり、それらが一体となって在所を取り囲んでいました。そしてその竹は検地されて、百姓毎・村毎に一定の貢納が義務付けられ、江戸時代に引き継がれました(四壁と外藪)。その「土居藪」の名残りこそが、下海印寺の慈光院、石見城跡、物集女城跡に残る竹藪(真竹)なのです。

 公園として整備される前、勝龍寺城跡やその外郭土塁(神足公園)には、土塁の一面に真竹が繁茂していました。昭和30年代からの都市化や生活様式の変化によって「土居藪」はほとんど姿を消し、今ではその歴史を知ることは容易ではありません。石見城や物集女城は、城跡として往時を伝えるとても貴重な遺跡であることはいうまでもありませんが、その竹藪もまた「上ヶ竹」の記憶を辛うじて伝える歴史的な景観であることを、最後に特記しておきましょう。

 

 ー参考文献ー

・『南禅寺文書』下巻 南禅寺宗務本所 1978年

・伊藤真昭「鹿王院と豊臣政権」『鹿王院文書の研究』 思文閣出版 2000年

・伊藤真昭『京都の寺社と豊臣政権』 法蔵館 2003年

・『大中院文書・永運院文書』叢書・京都の史料9 京都市歴史資料館 2006年

・『京都府中世城館跡調査報告書』第3冊 京都府教育委員会 2014年

・中村武生「御土居藪と角倉与一」『角倉一族とその時代』 2015年

 

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「竹公事・藪垣・上ヶ竹」史料集.pdf
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