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楓宸百景 ふうしんひゃっけい

日々撮り続けている写真のギャラリー。長岡京への愛着を「楓宸」という言葉に込めました。

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乙訓の竹
長岡京跡
久我縄手




-楓宸(ふうしん)-

菅廟梅花歳歳新 菅廟の梅花歳歳新たなり

當時此處是楓宸 当時此の処是楓宸

遊人莫作黍離嘆 遊人作す莫かれ黍離の嘆

一鼎依然萬古春 一鼎依然万古の春


   新稲法子さんが紹介した宇田淵(うだえん)の漢詩です(「宇田淵と漢詩」和歌比較文学第57号、2016)。

 宇田淵は神足町(長岡京市)の出身。幕末から明治にかけて岩倉具視の側近として活躍し、明治2年から桂宮家令として桂別業(桂離宮)や開田御茶屋(長岡天満宮)の保全に尽力しました。栗園(りつえん)の号で漢詩人としても名高い人物です。

 この詩では、菅廟(長岡天満宮)の梅花の前でここは楓宸(朝廷・都)」と、長岡京を想い起こしています。当時大池(八条ケ池)の堤は、見事な楓の並木でした。都の跡はすっかり変わりはてたけれども嘆くなという淵の言葉に共感しつつ、地域の歴史を学んでいきたいと思っています。

宇田淵の事績

  宇田淵(1827-1901)は、岩倉具視の腹心の部下であり、桂宮家令・宮内省官吏として多岐にわたる職務を務め、京都御所・桂離宮・修学院離宮など、皇室財産の保存に直接関与した人物です。勤皇の志士として明治維新を生き抜いた生涯と、漢詩人・歌人としての素顔を追います。

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 ー自己紹介ー                                             

1952年、島根県生まれ。立命館大学Ⅱ部文学部卒業。長岡京跡発掘調査研究所の運営に参加。1985年より長岡京市役所・長岡京市教育委員会にて、『長岡京市史』全7巻の編集や文化財事務に従事。2013年定年退職。

 2015年、奈良大学通信教育部文化財歴史学科卒業。2017年、京都府立大学大学院博士前期課程(歴史学)修了。京都西山短期大学非常勤講師(2018年3月まで)。長岡京市在住。